議論すべきは、「パイ」をどう大きくしていくか
続き
前回の記事「お金を払うものが「勝ち組」だって?」に様々なご意見をいただきました。ありがとうございました。
限られた「パイ」を奪い合うのではなく、「パイ」をどう大きくしていくかを議論すべき
補足的に述べさせていただくと、僕は著作権がどうでもいいとか、そういうことを言いたいわけではありません。当たり前ですが、制作者にはきちんとその収益が還元される仕組みを作らなければ、コンテンツ産業は縮小していきます。
しかし、元記事のシンポでは、要するに「違法ダウンロードを繰り返している人がコンテンツ産業を滅ぼす」と言っていると僕には読めたんですが、それ本気ですか?コンテンツ産業というのは、その程度のパイしか無くて、それを奪い合っているんですか?なら、将来はかなり悲観的ではないでしょうか。
そんな限られたパイの分配を大まじめに議論したって、たかが知れていると思います。むしろ、「その程度しかパイがない」と言うことをもっと問題にするべきだと思います。何よりも重要なのは、パイを大きくすることです。
http://www.hirokiazuma.com/archives/000365.htmlさん
では、オタク関係ってどれくらい金が動いているのか。コンテンツ関連産業は1兆円とか10兆円とか言われますが、そういう数字には実は周辺機器の売上だとかテーマパークの売上だとかいろいろ入っていて、オタク系コンテンツの市場規模からは離れています。実際に調べてみると、コミケの総売上が50億円、角川グループでの涼宮ハルヒ関係の総売上が70億円だか80億円だかです。昨年刊行された「オタク産業白書」によると、オタク市場の規模は全体で1800億円と見積もられています。ゲームとかDVDとか全部合わせて。
あれ?そんなもんなんだ、という感じがしませんか。ちなみに、食品のひとつである豆腐の、外食などを含めない卸だけの市場規模は3000億円から4000億円です。
なお、この1800億円って冷静に考えると本当に少ない数字で、それにいったい何万人のオタクがぶらさがって生活しているんだ、と考えると暗澹たる気持ちになってきます。
その悲惨な状況は、市場規模と労働者数のアンバランスやそのほかさまざまな歴史的条件によって決まっているので、著作権を強化して多少クリエイターの「権利」を強化したところで、焼け石に水という感じがします。そっちはそっちで労働問題として別の論理で対処すべきでしょう。
僕が前回の記事で一番強調したかったのは、呼び水となる解放されたコンテンツがなければ、消費者は育たないから結果としてパイは縮小再生産され、業界はしぼんでいくよ、だからもっと消費者を育てる政策を議論しないとダメだよ、ということでした。
そのために、コンテンツにアクセスしやすい環境を整えることが、パイを大きくすることに繋がり、ひいては業界全体の成長に繋がっていくのだと思います。
「違法ダウンロード」を繰り返している人は確かに問題だと思いますが、その人を「コンテンツ産業を滅ぼす悪魔の使者」という、コンテンツ産業の仮想敵にしたて糾弾したところで、事態は何ら打開されないと思います。
よく「違法ダウンロードで数百億円が流通している」と言いますが、違法ダウンロードを禁止することで、その数百億がコンテンツ産業に入ってきますか?僕は入ってこないと思う。単にその流通が止まるだけだと思う。
「ウィニー悪用 指名開示」
ウィニーを巡っては、有料の音楽やコンピュータソフトがネット上に公開され、無料でパソコンに取り込める状態になっている。この場合、作者には1円も入らず、著作権侵害の被害は100億円規模に上がっている
(読売新聞 2008年3月27日夕刊1面)
問題は、パイをどう広げるかです。コンテンツを買ってくれる消費者をどう育てるかです。そこを議論すべきだと思います。
違法ダウンロードを繰り返している人に、道徳的に訴えてもムダ
僕はフリーで何かを手に入れることに結構ムダな情熱を傾ける方なので、フリーソフトとかフリーゲームは大好きです*1。
それに対して、僕の友人は結構頻繁に「着うた」を利用料を支払ってダウンロードしてきます。
ファイル形式としてはmp3なので、僕は彼に「パソコンにも同じものが入っているんだから、それを携帯に入れればいいじゃない」と言うのですが、本人曰く「めんどくさい」とのこと。
なるほど、と思いました。この人は、もちろんコンテンツにもお金を払っているけれど、それ以上に、面倒な手間や時間をお金で買っているんだな、とわかりました。
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20080325/1206408758さん
某銀行系消費者金融が立ち上げの時、「他社よりも10%も安い金利で差別化する」と息巻いていたらしい。
金利で10%というのはべらぼうな安さである。ちょっと計算すればわかるが、実際には何倍も違う。消費者金融としては画期的な低金利である。
ところがいくら安い金利をアピールしても、ぜんぜん人が来なかったのだという。
調査の結果、判明したことは
「消費者金融のユーザは金利なんか気にしていない。最も借りやすい無人契約機で契約する」
という衝撃の事実だった。
機能や性能よりもハードルの低さがこのビジネスの決め手だったわけだ。
法規制が入らなかったら、今でも30%の金利で人はお金を借りていただろう。
人は、その内容にかかわらず、手間をかける時間や情熱があるか無いかで、簡単にお金を払ったり払わなかったりするんだと思います。
ところで、「違法ダウンロード」をしている人って言うのは、意外に手間をかけているんだと思うんですよ。
それが良いこととは全く思えませんが、その人たちに対して、いくら「それは違法だから」とか「道徳的にまずい」と言ったところで、それほど抑止効果は期待できないと思います。
先ほどの「金を払う例」の裏返しで、こういう「違法ダウンロード」をヘビーに行っている人たちの動機は、もはやコンテンツの内容に無いからです。
そこに山があるから登山家は山を目指すように、違法ダウンロードが困難であり面倒であるからこそ、それを行うのだと思います。
はっきり言って、「違法ダウンロード」なんて面倒でそれほど効率の良い行為ではないし、本人にそれほど利益があるとも思えません。
繰り返しますが、違法ダウンロードは良いことではありません。が、違法ダウンロードを道徳的に糾弾しても止めないだろうし、それを止めさせても数百億円がコンテンツ産業に入ってくるのかと言えば入ってきません。論点がずれていると思います。
お金を払ってコンテンツを買う人は、今後も買い続けるだろうし、違法ダウンロードに快感を感じてしまう人は、そこに山があるから山を登るでしょう。
こういう人を根絶することと、コンテンツ産業が成長することはほとんど関連がないと思います。
消費者を育てると言うこと
5000曲、と前のエントリで僕は言いましたが、これはとても少ない曲数です。
音楽は人それぞれ、好みがあります。それは聴いてみないと分かりません。だから、これだけの曲数を聴いて、結局そのうち好みにあったのは100曲だけかもしれません。けれど、それだけの曲数を聴くことで、新しい曲に手を伸ばす伸ばし方を学べるし、今聞いている音楽がいったいどの位置にあってそういうジャンルの曲を聴きたければ今度はこういう曲を聴けばいい、というのは分かってきます。
人にアルバムを薦めるのも、そういったある程度の「教養」があるから、薦められます。音楽を話題に出来るのも、広く浅く聴いているから可能です。
日本のコンテンツ産業のパイを広げるためには、このような「教養」を消費者に身につけてもらい、消費者のコミュニティが音楽産業にお金を落としお互いに成長していく、そういうスタイルになるのが一番だと思います。
ちなみに5000曲聴いたからと言って、未来のクリエイターになれるのかというと、それはまた別の話だと思います。僕が言っているのは、あくまで教養を持った消費者をどう育てるのか、と言う問題です。
取り締まりを強化して、結果として音楽を「貧者」から遠ざけることは、業界の自殺行為だと思います。
最近図書館の有料化などが議論になっていますが、それも、「文化をどう守り育てるか」という視点に立って議論すべきだと思います。
消費者をいかに育てるか。彼らが時間が無くなりお金を持ったときに、「No Music, No Life」とコンテンツを買ってくれる消費者になってもらうためにどうするのか。
もっともっと広い視野で、問題を考えて欲しいな、と思いました。
付記:
「ダウソ厨」とかが問題だとのことで……そんな問題すら知りませんでした。すみません。なんだか、「買っている奴はバカ」みたいなお話のようですね。「タダでダウンロードできるのに、お金を出している奴は『購入厨』だ」とか。
それは違うとおもうなぁ。適正価格で買うべきだと思うよ。ていうか、そこは対立点なのかな?
ただ、いろいろご意見はあると思いますので、この点は
深煎り深入りしません*2。
でも図書館では、多くの人に利用されることを前提に定価の数倍で購入しています。
それでも制作者に本来帰すべき金銭が供与されないなら、価格を上げればいいと思います。
我々利用者は、公的な資料として自由に利用すればいいと思います。
レンタルCDやDVDも同じです。古本屋も一緒です。
業界内ではいろいろ問題はあるみたいですが、僕はその点は無知なので、現時点では分かりません。
法の範囲内だろうと認識し、利用するだけです。
で、業界として話すべきことは、上記のようなミニマムな問題ではなくて、パイをどう大きくするかだろうと。
何でもかんでも摘発摘発禁止禁止ユーザーが悪いユーザーが悪いの連呼では、新規ユーザーは獲得できないだろう、と、暗澹たる気持ちになるわけです。
ものすごいミニマムな問題と、本来話すべき問題が同じレベルで論じられていることが問題だと思います。