reponの忘備録

「喉まででかかってる」状態を解消するためのメモ

幸福と不満

なぜ悩むのか?



こたえ。


悩みたいから。


そのことを分かりやすく述べている小説がある。

「夢売ります」ロバート・シェクリィ著 のあらすじ


主人公は謎の老人に会いに行く。噂では老人は、特別な薬を使って人を別世界に送ることが出来、その世界では願いが何でも叶うのだという。

しかし、その報酬として老人に、自分の持っているいちばん高価なものを渡さなければならない。

老人の住む掘立て小屋を訪ねたが、主人公は決心がつかない。「じっくり時間を掛けて考えればいい」と老人は言う。

家に帰り着くまで主人公はずっと考え続けるが、妻と息子の待つ家に戻ると、家庭生活の楽しいことや些細な悩みに紛れて、老人のことを忘れてしまう。

ときどき、彼は明日こそは老人に会いに行こうと決心するが、必ず家庭や仕事などで用事が出来、延期するハメになる。

そういう風に、主人公は決断を下せないまま1年が過ぎる。

それでも主人公は遅かれ早かれ老人の元を訪れるだろうと考えている。

さらに時が経ち


……突然主人公は老人の掘っ立て小屋で目を覚ます。「気分はどうだね?満足したかい」と老人は言う。

何が何だか分からないまま、主人公は「え、ええ、もちろんです」と言い、自分が持っていた全財産(錆びたナイフ、古い缶詰、その他諸々)を老人に渡し、夜のジャガイモの配給に遅れないようにと老人の家を出る。
日が暮れる前に、地下の核シェルターにたどり着かなければならない。

核戦争後の世界では、夜は異常繁殖したネズミたちの世界だからだ。
(「斜めから見る」スラヴォイ・ジジェクより要約)


主人公は、日常からの変化を望む。老人の薬で「願い」をかなえたいと思う。けれど、日常に絡め取られて、そこから一歩を踏み出せない。

良くある光景だ。

だが、急激な場面転換によって、読者はそれが全くの逆であることを知る。

主人公が真に望んでいたのは、「日常に絡め取られ続けること」だった。

彼は無意識的に、「決断」を先送りにしていたのだ。

「決断を先延ばしにして日常に埋没すること」、これが彼の真の願いだった。


主人公は、老人が目覚めさせなければ、永遠に「『日常から脱したい』という夢」そのものの中にいることが出来ただろう。

そして、主人公は夢の中で願いを叶え続けているにもかかわらず、その状態に常に不満だった。

不満を抱くことで、問題を先送りにすることで、「永遠に」悩み続けることが可能だったからだ。

ここでは不満はむしろ、「願い」をかなえるポジティヴで不可欠な要素だ。


人は「無限」に考えることができる。死ぬまでずっと。


アキレスと亀のパラドクスのように。

πを無限に計算し続けるように*1


そして本人は、実は最高の幸せの中にいるかも知れない。

不満を抱えながら。

*1:πは実際に存在する「数」かも知れないが、それを10進法で表すには「無限」の時間がかかる