「選ばれた?誰に?何に?」

「君たちは決して呪いから出ることはできない。僕がそうであるように、箱の中の君たちが何かを得ることなどない。この世界に何も残さず、ただ消えるんだ。塵一つ残せないのさ。君たちは絶対に幸せになんかなれない」

「仕事」とはリスクを取ること

http://d.hatena.ne.jp/ululun/20091227/1261842507さん

私が一番共感したのはP118からの以下の部分

「仕事=WORK」とは… 自ら計画を立て、実行し、評価することです。


それに対し「作業」は悪く言えばLABORとも言い、命令されて行う作業、

奴隷の仕事のこと。


それは自主性がない、楽しくない、成長しない、成果が上がらない

…ということになるのです


「作業」であれば6時間で6の仕事をするとします。

朝礼の一時間を差し引くと5時間になりますので、5の仕事になります。


でも朝礼で、会社がやろうとしていることを理解し、納得すると

「仕事」になります。

ワークとレイバーの違いは、一言で言えば、「リスクを取る」かどうかです。

ワークとは、「リスクを負う」と宣言すること

ワークをする人は、「私はここまでリスクを取ります」と宣言します。


そのことによって、同時に決定権(裁量権)を得ます

ここからここまでは、自分でリスクを負うのだから、それに対して決定して良いよ、と権限を委譲してもらえます。


決定権があるから、仕事に創意工夫ができます


ビジネスとは、「クライアントが必要としている商品を提供する」というきわめてシンプルなものです。


必要なのは、「クライアントの満足」。


それを引き出すために、創意工夫をする。


よくPDCAサイクルを回す、といいますが、Plan(計画)も、Check(評価)も、クライアントの視点からの計画であり、評価です。


計画(Plan)を立てるときには調査を行い、わからない部分については仮説を立てます。そして実際に行って(Do)みて、仮説を検証(check)します。


仮説を立て、検証する。それが、リスクを取った仕事、ということです。


決定権があれば、それを引き出すために努力を重ねることができます。


そして、仕事を成功させたら報酬が、失敗だったら責任を取ります。


日本の場合、その「報酬」とは、さらに決定権の裁量範囲が広がることを意味しています。

つまり、より「自由」になるのです。そして、その「自由」の中で、自分を成長させていきます。

責任を取るとは、宣言したリスクを受ける、ということです。

レイバーは、作られたマニュアルをこなすこと

それに対してレイバーは、与えられた仕事を行うだけです。

「一律時給750円」という、マニュアルに沿った仕事をこなしていくだけ。


そういう仕事では、「リスクを取る」機会はありません。


だから、レイバーは、時間を換金しているだけです。


責任を負わない。

リスクを取らない。

だから創意工夫の余地もない。

仮説を立てる機会も必要もない。


仮説を立てて検証することこそ、「考える」ということです。


人は「考える」ことを通して、その人が何者かを表現します。

「考える」という過程が無く、マニュアルに働かせられているだけなら、その人が何者かはわかりません。

だから、マニュアルに沿った仕事だけしているひとは、「余人を持って代え難い」人と見られません。

努力も、才能も、能力も、その人独自の個別的なものとして評価されることはありません。


それゆえ、レイバー的な仕事をする人は、社会的なスキルや人間的な成長を得る機会がほとんどありません。

リスクを取らなければ、自由も広がらない

ワークもレイバーも仕事ですから、そこに貴賤はありません


ですが、ずっとレイバーだけをしていると、いつまで経ってもワークができません。


社会的なスキルや人間的な成長、とは、

  • 自分なりの仮説を立てる力
  • それを実行する力
  • 検証する力

のことです。

実際にこの行程を行ってみなければつかない力です。


この力を持つ、ということは、自分の選択肢が増える、ということを意味しています。


選択肢をどれだけ持てるかが、どれだけ自由であるかということです。


自由であるためには、ワークをする、つまり責任を負う=リスクを取りに行くことが必要です。


リスクを「負う」のではなく、リスクを「取りに行く」


つまり、リスクに対して、自分の損益分岐点を考えて、ここまでならいけると踏んだ後に、覚悟を持って望むこと、それがリスクを取りに行く、ということです。


自分が決めること、それはすなわち、自由への第一歩であり、自由になる絶対条件なのです。