「選ばれた?誰に?何に?」

「君たちは決して呪いから出ることはできない。僕がそうであるように、箱の中の君たちが何かを得ることなどない。この世界に何も残さず、ただ消えるんだ。塵一つ残せないのさ。君たちは絶対に幸せになんかなれない」

「ヒト」も「カネ」も「時間」もあふれている。でも「仕事」が足りない。

http://blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65371888.htmlさんの記事のコメント欄に書き込んだのだが、字数オーバーで書き込めなかったのでこちらに書きます。

BIは自由主義的でも社会主義的でもあり得る

 ベーシックインカム(以下BI)については半年前に書かせてもらったことだが、最近またまたBIの話が蒸し返されているようだ。
 なぜこんな机上の空論の社会主義政策が上手くいくと勘違いする人が多いのか不思議でならない。

BIと社会主義はイコールではないのですが……


こちら「自由と保障−ベーシックインカム論争」

参照のこと。


自由主義論者のフリードマンが「負の消費税」という形でBIを提唱していたのはよく知られていること。

別に社会主義者だけがBIを掲げているわけではない。


最近のBI議論で欠けていると思うのは、最も重要な要素である、

  1. どのくらいの金額を
  2. 誰に対して支払うのか

この2点によって、その政策は、自由主義的にも社会主義的にもなりうる。


個人の生活全てをBIでまかなうなら、社会主義的だし、
個人の生活を、飢えない程度にBIでまかなうなら、自由主義的な施策と言える。ざっくりとだけど。

そもそも「仕事をして賃金を得る」というモデルを信奉していること自体が、問われるべき

こちら「Vol.2」

の対談参照。


一般的に、大型公共工事は、「税金の無駄遣い」の典型としてやり玉に挙げられている。

それは、「官僚と政治家がリベートを稼ぎ、金持ちが私腹を肥やすものだ」とされている。

ところが、別の側面では、この大型公共工事で「労働」をして「賃金」を受け取っている人たちがいる


この人たちは、たしかに「仕事」をして「賃金」を受け取っている。

そして、「仕事を通してしか賃金を得られない」というモデルを信奉するなら、この人たちが生活の糧を得るには、この方法しかないだろう。

誰もが言う、「雇用の創出」とは、このモデルを前提としている。

そして、実際になされている「雇用の創出」は、「無駄な事業」を企画し、そこに人を雇い入れることで行われている。


上記の対談では、「これは要するに、形を変えた生活保護に過ぎない」と指摘されている。

「労働を通して受け取る賃金」という迂回を必要とする限り、「無駄な事業」がなければ、雇用の維持などかなわない。

だったら、直接配ってしまえばいい。それが、BIの基本的な考え方。

「労働を通して賃金を得る」という際に、「最低限生きるために必要なお金」は、「賃金」という迂回をせずに直接し払う。それ以上のお金を得たかったら、労働する。それだけのこと。

「労働」が希少になっている

もっとはっきり言えば、今は「カネ」も「ヒト」も余っていて、無いのは「仕事」だけなんですよ。

成熟した社会というのはそういうものなんです。


成熟した社会で、飢えないために必要なお金を、「労働を通して賃金を得る」モデルに準拠して流通させようとすること自体が難しいんですよ。

だって、社会にとって必要な「仕事」自体がもう少ないんだもの。

だから無理矢理「雇用創出」するんでしょう。

そして、本来「生活保証」(というか、社会的生産の配分)として受けるべきお金を、無理矢理「賃金」として支払っているわけだ。


そういう古い考えに凝り固まっていること自体が、日本経済をダメにし、日本を堕落させると私は思います。

過去の私の記事

追記

ブクマで、「賃金をもらいたければつまらない仕事でもガマンしろ。そのガマンをしたくないから、BIが欲しいんでしょ?」という意見がありました。

心情的には理解できるので一言。


「つまらない仕事」に耐えれば賃金がもらえるのでしょうか?

これは、すでに「儲ける仕組み」ができあがっていて、それが当たり前のように見える状態に置かれているからそう思えるだけです。


賃金が、労働力として資本に買い入れられた対価と考えるにしろ、収益から人件費として捻出されると考えるにしろ、「儲かる仕組み」があってはじめて賃金は出ます*1


その仕組み自体が無くなれば、「仕事」自体が無くなるのですから、つらいとかつらくないとか、面白いとかつまらないとかそもそも論じられないんですよ。対象がないんだから。

「『つまらない仕事に耐える』仕事」という仕組みが、もう無くなってきていることが前提のお話なのです、これは。


また、「仕事のつまらなさ」や「仕事のつらさ」と、「賃金」とのあいだに有効な相関関係はありません。

また、「仕事の単調さ」と「仕事のつまらなさ」は、単純には一致しません。

ある小児癌の病棟がある。そこでは、成功に焦点を合わせているために、雰囲気がとても明るい。死を控え、苦しんでいる子供たちに楽しい幼少期を過ごさせることに集中しているのである。つらい単調な仕事のなかで、皆が使命を実感している。仕事の大半は、子どもの嘔吐の後始末といった単純なものである。しかし、そこには何か大事なことをしているという意識がある。

「非営利組織の経営」ドラッカー p190


それでも、よくある、「30分に1回、F5キーを叩いて反応を見る」仕事に意義など見いだせないかもしれません。

だとすれば、もっと意義の感じられる仕事に移れば良いだけです。

その仕事にあなたを引き留めている理由は何ですか?

*1:あたりまえですが、このことと、賃金未払いの正当化は何の関係もありません。労働契約を結んだ段階で、賃金を支払う約束をしているから、それは払わないとダメ