「選ばれた?誰に?何に?」

「君たちは決して呪いから出ることはできない。僕がそうであるように、箱の中の君たちが何かを得ることなどない。この世界に何も残さず、ただ消えるんだ。塵一つ残せないのさ。君たちは絶対に幸せになんかなれない」

人は労働に向いていない

二十世紀はじめに書かれた生産管理の古典、フレデリックW.テイラーの「科学的管理法 マネジメントの原点」が復刊されて読んだ。「科学的管理法」とは、生産現場での生産性を向上するために活動を標準化・合理化し、管理者のもとに計画的に活動する管理手法のことである。

といっても、程度の差があれ、現在日本でテイラー主義が取り入れられてない生産現場はないだろう。日本の労働者は当たり前すぎて「科学的管理法」の元にあるとことを意識しないだろう。 

本書を読んでなにか面白いかといえば、その当たり前の必要性が書かれていること。すなわち人ってふつう懸命に働かないんだ、ということに気づいて驚く

確かに現代でも安い人件費を求めて途上国で工場を立ち上げようとするとき、どの国に工場を建てるか判断する場合に、その国の賃金水準と共に、勤勉であるかという労働の質が問題になる。教育が普及し、近代化が進んでいない場合には労働意欲が低く、当たり前に怠けてしまう。だから「科学的管理法」の初歩から取り組むことになるだろう。

怠業(たいぎょう)と勤勉のダブルバインド - pikarrrのブログさん

たぶん、人間というのは、「仕事」に適していない生物なんだと思います。

人は「仕事」に適さない

だから、教育とか、労働管理とかしないと、働けない


怠業、というより、それが本来の人間の姿なのでしょうね。


工場労働から連想される「単純作業」なら、まだ強権的な「管理」でも働くことが出来ます。


しかし、

  • 単純な労働から複雑な労働、
  • 機械を相手にする仕事から人間を相手にする仕事、
  • マニュアル化が容易である仕事からマニュアル化が難しい仕事

になればなるほど、「働くこと」は難しくなります。


働く側の技量や知識の問題だけではなく、ほとんどの人間は、優れていても劣っていても「やる気」が無いと働き続けることは出来ません