reponの忘備録

「喉まででかかってる」状態を解消するためのメモ

昨日(08/6/22)の「文化系トークラジオ Life」 雑感3

続きです。

再度、「非モテ」という「物語」について

あと、もう一つ「非モテ」に関していっておくと、これはほんとうに「物語」の問題で、その原型は、

「本来あるべき充実した自分というものがあって、それが今は欠けているからこんなに不安で苦しいんだ。だからその欠けた部分を取り戻せれば全て解決するんだ」

というものなんですよね。大塚英志さんが言われる「物語の原型」って奴です。

これとパラレルな物語が「排毒」の物語で、

「本来充実して完結した自分に、外部から『毒』が注入されたからバランスが崩れて、自分が分裂したような心持ちになるんだ。だから『毒』を外に出せば良いんだ」

というものがあります。内田樹先生が指摘されていました。


この物語は、確かに有効な面もあって、プラシーボ効果のように、それを信じているとほんとうにデトックス出来てしまう場合があるので、あながちバカにはできないです。

レヴィ=ストロースが「未開文化では、『歯痛のときにキツツキの嘴に触れると痛みがなくなる』と信じている。薬理学的な根拠のない治療法も、その治療法に対する集合的な同意があるところでは効果的治験を持つ」と言っているけど、そういうことですね。

この物語による治療というものは現代でも有効です。


ただ、使い方を間違えると大変なことになります。

たとえば「自分」を安易に「社会」に置き換えると、「本来充実して十全な社会がこんなにひどい状態なのは、『ヤツラ』が入り込んだからだ」と言って、移民排斥とか、ホロコーストとかに容易に転化してしまう。

元々社会は分裂していて、統一性はない」という事実を自身に隠蔽するために、余計にこういう「物語」は強化される。

物語の動員性には十分気をつけるべきだと思います。


非モテ」に戻ると、「非モテ」の方々が想像される「モテ」は、恋愛から結婚に至るプロセスがものすごい「お花畑」で、全然その中にあるリスクが勘案されていないんですよ。

あいてが「ヤンデル」だったりDVが起きたり、いろんな問題がある。子供が生まれることだってものすごい経過がある。そういうのを全てすっ飛ばしている。

実際の恋愛は非常にどろどろしていたり、ひたすら傷つけ合う恋愛になったり、お互いにかみ合わない苦しさを味わったりしますよ。

そういうのをすっ飛ばして、「モテ」を、なんかの「称号」みたいに捉えているのがどうかと思う。


ぼくはid:phaさんが「日本一のニートになる」と言って、ことあるごとに「ニートだけど○○した」って言っているの、スゲー格好いいと思っているんですよ。

同じように、「日本一の非モテになる」と言って、ことあるごとに「非モテだから○○した」で行ければ良いんじゃないかな。


そういう物語を自分の中に取り込むプロセスみたいなものの整備が必要なのかなぁ、と思いました。*1


ていうか、加藤容疑者が「ちんこの皮が腫れたから刺した」とか「牛丼を食いたかったから」と言い続けたら、ほとんど物語は組み立てられませんね。

でも、「ちんこの皮が腫れたから人殺しをした」というのは、殺人者にとっては立派な理由だし、そういうものだと思いますよ。

それくらいはちゃめちゃだと、物語が紡ぎようがないので、事件を「事件」として、単独のものとして、受け入れられるんだと思います。

「俺も加藤だ」なんて言葉は出てこないでしょうね、きっと。

実存の問題について

「結局実存の問題なんだ」というお話が提起されたのですが……

正直よくわからなかったです。

加藤容疑者の「実存」って問題なんでしょうか?

僕にはさっぱりわからなかったです。


続きます。

*1:そこで恋愛体験テーマパーク「モテモテワールド」なんですが、これは稿を改めて……