昨日(08/6/22)の「文化系トークラジオ Life」 雑感4
続きです。
結論めいたもの 1
「物語に回収されない」という意味での結論をつけない、のが結論を出さない意味であって、運動の方向性を出すのはそれはやるべきだと思う。
加藤容疑者の問題と、派遣社員の待遇改善運動や偽装請負の摘発と防止、若者の孤独へのアプローチは別で、それらの運動はすべきだと思いました。
「派遣の立場をよくしよう」とか、「若者の孤独を救うために繋がり合おう」とかは言っていっていいと思います。というか、言うべきではないかと。
結論めいたもの 2
エーリッヒ・フロムが「愛するということ」で言っていたように、愛って結構技術なんだと思います。
「ほんとうに」幸せになるには、ある程度の技術習得と習慣でかなり近づけるんですよ
「ほんとうに」幸せになるのは、たとえば赤ん坊なら、ちゃんとおしめを替えるとかミルクを与えるとか、そういう責任でしょ。
なんか、そういうロールプレイングして技術習得できる場所があればいいと思う。
あと、「親ライセンス」を自動車免許と同じように発行するとか。「ライセンス無しの子育ては違法だよ」てな感じで。*1
批評家の東浩紀さんは「環境管理型権力」*2での対応を考えられていて、それは非常に面白いアプローチだと思います。
たとえば児童虐待を防ぐために、「赤ん坊の血糖値が下がると青くなるおしゃぶり」とか開発すれば、「親」は赤ん坊が何を欲しているのか理解して、ミルクを与えるわけです。
そんな感じで、「マニュアルを読み解く」「実践による経験を積む」事無く、環境の側が「今すべきこと」を教えてくれる。
おむつも、ワンタッチで着脱可能とか。
こんな技術の進歩で、かなり解消されてしまう部分はあると思います。
児童虐待をする「親」の内面を変えることなく、ね。
最近「予告.in」とか「予告.out」とかが話題になっているけれど、そういう取り締まりとは別にこう言うのはどうでしょう。
誰かがどこかに「死にたい」とか「殺してやる」とか書くと、「死なないで!」とか「もちつけ(AAry)」とかすぐに書き込んでくれるbotをギークな人が作ってクロールしておくんです。
これって結構、今の自殺問題とかかなり解決する気がするんですが、誰か作って!
結論めいたもの 3
物語が「十全で欠けていない充実した自分」を夢想するところから始まっているとすると、処方箋は「終わり無き日常を生きろ!」からあまり前進していない気がします。
でも、それでいいとは思います。
この「語り合う」という行為が必要なんだと思います。「結論」があるだろうと思いこんで語り合う行為自体が、「副産物としての果実」なんだと思います。
以上、感想でした。