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ベーシック・インカムを導入したらどうなるか試算してみる

先のエントリでid:fromdusktildawnさんからコメントをいただいたのですが、概算でもベーシック・インカムの導入に当たってどうなるかを計算してみないと影響が見えないことがわかりました。
そこで、簡単ですが計算してみたいと思います。


以下、「福祉社会と社会保障改革」(小沢修司著)での試算を現在の最新のデータで追ってみることにします。
もちろん、以下の試算は全て私の責任によるものです。


BI(ベーシック・インカム)を導入するためにはどのくらいの予算が必要でしょうか?


この計算は簡単です。
日本の人口に、BIで補償する額を掛ければ良いだけです。この額は、8万円としましょう。一人年間96万円です。国民年金が7万8900円なので、それより18万ほども高い金額です。生活保護費の一人当たり月額が6万843円*1なので、妥当な額ではないかと思います。


年間の必要予算は、
127,785千人*2×96万円=122兆6,736億円
となります。

これを社会保障給付費の一部廃止と一律の所得税でまかなっていきます。


社会保障給付費は、総額で88兆円強*3です。しかし、社会保障給付費は現物給付と現金給付に分かれます。
社会保障給付費のうち、労働災害*4、保健医療*5、住宅*6はセイフティーネット的な役割が強いので除外し、他の部分の現金給付部分をすべてBIに代えると計算すると、49兆4,948億円となります。


差し引くと、
122兆6,736億円−49兆4,948億円=73兆1,788億円


残りは所得税でまかなうことになります。
所得税は、様々な控除は廃止して、また累進制も無くし、一律の税率にします。
所得税の対象となる給与総額は、様々な控除がされた後の金額に税率が掛けられているので、それらの控除を無くし、基本的に全ての給与に税率を掛けます。
給与総額は213兆700億円*7です。
従って、税率35%とすると、税収は74兆7,950億円となり、これで達成できます。


仮に、所得税のみでBIをまかなうとしても、税率60%で税収は128兆2,200億円となり、社会保障給付費に一切手をつけなくても達成可能です。

これらの税率に変更した場合、現在と導入後ではどのように所得が変わるでしょうか?

社会保障給付費をBIに回すとBI税率は35%ですが、ここでは社会保障給付費をBIに入れず、BI税率60%として計算してみましょう*8

ケース1:家族4人で、夫婦(片働きで専業主婦)と子ども2人の場合

<現在の収入額>

年収(万円) 社会保険料 税金 控除後所得
100 121,000 0 879,000
300 306,000 58,000 2,636,000
500 501,000 200,000 4,299,000
700 695,000 529,000 5,776,000
1000 907,000 1,105,000 7,988,000
1500 1,094,000 2,551,000 11,355,000


<BI導入後の収入>

年収(万円) 社会保険料 税金 BI収入 控除後所得 差額
100 48,000 570,000 3,840,000 4,222,000 3,343,000
300 122,000 1,726,000 3,840,000 4,992,000 2,356,000
500 200,000 2,879,000 3,840,000 5,761,000 1,462,000
700 278,000 4,032,000 3,840,000 6,530,000 754,000
1000 362,000 5,782,000 3,840,000 7,696,000 -292,000
1500 437,000 8,737,000 3,840,000 9,666,000 -1,689,000


税率60%でも、年収700万くらいまでの世帯では増収となります。

ケース2:家族2人で、シングルファーザー(またはマザー)と子ども1人の場合

<現在の収入額>

年収(万円) 社会保険料 税金 控除後所得
100 121,000 0 879,000
300 306,000 96,000 2,598,000
500 501,000 320,000 4,179,000
700 695,000 681,000 5,624,000
1000 907,000 1,280,000 7,813,000
1500 1,094,000 2,802,000 11,104,000


<BI導入後の収入>

年収(万円) 社会保険料 税金 BI収入 控除後所得 差額
100 48,000 570,000 1,920,000 2,302,000 1,423,000
300 122,000 1,726,000 1,920,000 3,072,000 474,000
500 200,000 2,879,000 1,920,000 3,841,000 -338,000
700 278,000 4,032,000 1,920,000 4,610,000 -1,014,000
1000 362,000 5,782,000 1,920,000 5,776,000 -2,037,000
1500 437,000 8,737,000 1,920,000 7,746,000 -3,358,000


年収500万くらいを境にして、所得の低かった層にかなりの補助がなされています。

ケース3:共働きで子ども2人の場合

<現在の収入額>

年収(万円) 社会保険料 税金 控除後所得
200 242,000 0 1,758,000
600 612,000 229,000 5,159,000
1000 1,002,000 716,000 8,282,000
1400 1,390,000 1,438,000 11,172,000


<BI導入後の収入>

年収(万円) 社会保険料 税金 BI収入 控除後所得 差額
200 96,000 1,140,000 2,880,000 3,644,000 1,886,000
600 244,000 3,452,000 2,880,000 5,184,000 25,000
1000 400,000 5,758,000 2,880,000 6,722,000 -1,560,000
1400 556,000 8,064,000 2,880,000 8,260,000 -2,912,000


傾向は変わりません。

ケース4:シングル

<現在の収入額>

年収(万円) 社会保険料 税金 控除後所得
100 121,000 0 879,000
300 306,000 133,000 2,561,000
500 501,000 396,000 4,103,000
700 695,000 757,000 5,548,000
1000 907,000 1,367,000 7,726,000
1500 1,094,000 2,927,000 10,979,000


<BI導入後の収入>

年収(万円) 社会保険料 税金 BI収入 控除後所得 差額
100 48,000 570,000 960,000 1,342,000 463,000
300 122,000 1,726,000 960,000 2,112,000 -449,000
500 200,000 2,879,000 960,000 2,881,000 -1,222,000
700 278,000 4,032,000 960,000 3,650,000 -1,898,000
1000 362,000 5,782,000 960,000 4,816,000 -2,910,000
1500 437,000 8,737,000 960,000 6,786,000 -4,193,000


シングルの場合、所得が増えるにつれて収入がかなり減っています。
これはうまくありません。


この場合でも、子どものBI額を減額したり、先ほどは計算に使わなかった社会保障給付費をBIの財源に充てたり、企業が今後家族手当を支払わなくなった場合にそれに変わる税をBIの財源として徴収するなどの方策が考えられます。

BIによって何が変わるか

以上の考察から、BIの導入が、それほど困難ではないこと、社会保障給付費に一切手をつけなくても可能なことなどが実証されたと思います。「所得税率60%」という数字が一律して高いものではないことも表されたのではないでしょうか。


BIを導入することで、貧困に対する強力なカウンターになることが上記の数字でもわかると思います。


現行の生活保護では、「失業と貧困の罠」という問題があります。生活保護は「足りないものを補う」という考え方ですので、収入があればその分の生活保護費は削減されます。
失業している人間が就業すれば、そのことで生活保護費が削られることから、就業への意欲の妨げになります。これが「失業の罠」です。
賃金が増えることで、生活保護費が減額されるため、手取りの収入は変わらず、努力が金銭的に報われないことから、貧困から脱していく意欲の妨げになります。これが「貧困の罠」です。


BIは、一律に給付されますから、就業しても返還義務はありませんし、賃金が増えれば、その分は全て上乗せの収入となり、金銭的な意欲をもたらします。


また、BIによって最低限の保障が無差別に行われるので、BIを基礎にして、自身を再教育し、さらに熟練した労働に付こうと志向する人は増えるでしょう。生活が保障されているため、すぐには金銭に結びつかないような、しかし社会的には必要な労働につく人も増えるでしょう。特に個人に配分されることで、性別分業に縛られていた女性などが労働に参加することになります。ここでワークシェアリングも増えることでしょう。


いわばBIは、それ以上の生活への踏み切り台(スプリングボード)となるのです。

参考

BIの計算など


長文におつきあいいただき、ありがとうございました。


次回のエントリでは、BIに対する疑問としてつきものの、「誰でも保障なんかしたら働く人間がいなくなるのではないか?」「遊んでいる連中(フリーライダー:ただ乗り)にまで金を渡すのか」などについて、考察してみたいと思います。

*1:平成17年度の生活保護費と教育扶助費の合計。国立社会保障・人口問題研究所資料 http://www.ipss.go.jp/s-info/j/seiho/seiho.asp のエクセル表p23より

*2:平成19年8月現在。総務省統計局 http://www.stat.go.jp/data/jinsui/tsuki/index.htm より

*3:87兆9150億円。平成17年度。国立社会保障・人口問題研究所「平成17年度社会保障給付費」 http://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/kyuhuhi-h17/h17.pdf p20より

*4:9704億4000万円

*5:27兆5067億4300万円

*6:3304億7200万円

*7:財務省「平成17年度租税及び印紙収入予算の説明」 http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/008a17a.pdf p6より

*8:ただし、BI後の社会保険料額は、除外する上記の保険料額が全体の40%であるので、現在の40%とします