reponの忘備録

「喉まででかかってる」状態を解消するためのメモ

「サービス残業」は、自分のためのサービス?

消えた年金

 「消えた年金」問題で、社会保険庁に登録されている年金データの実に5000万件が身元不明であることが分かり、関係者はその解明作業に追われています。
 先日、そのうち4割が「身元特定がほぼ不可能」と発表され、世間の批判を浴びました。
 NHKスペシャルでは、この身元解明作業に密着し、どのような作業が行われているのかをレポートしていました。

 僕は同じような作業をずっとやっていたので、この作業の苦労が非常によく分かります。
 こういう作業は、先が見えない。実際には問題が非常に複雑に絡んでいて、1件1件を解明するたびに新しい問題があらわれてくる、そういう性質の作業です。
 問題の複雑さと、それを理解しない上司の間の苦悩。自分の社会人としての経験は、ほぼそのことで埋め尽くされています。

消えた年金」の精算作業

 年金データは、一人一人に年金番号が割り振られ、その名前と番号によってどの期間年金を納めたのかが管理されています。
 いや……されている、はずでした。
 当初、身元不明とされているデータはそのほとんどが、番号だけは判明しており名前がデータから落ちているもの、と推測されていました。
 だから、同じ番号を照合して統合していけば、作業はすぐに終わる、そう考えられていました。
 番組取材班が密着した横浜の社会保険事務局では、この作業を当初1件12分、と試算していました。

 ところが、実際に作業を進めてみると思わぬことが分かりました。

  • 手書きの名前を読み違えて、全く別人の記録として登録されていた。
  • 名前の読みが間違っていて、同様に別人の記録として登録されていた。
  • 番号がある期間間違っていて、その期間働いていなかった別人のデータとして登録され、年金も支払われてしまっていた(働いていた本人が本来もらう額を、働いていなかった別人が受け取っていた)

など。

データ管理のいい加減さ−現場で

 ここで社会保険庁の年金データの管理方法に触れます。
 社会保険庁は、各都道府県に社会保険局を置き、その下部組織として各地域を社会保険事務所に管轄させています。
 実際に窓口となるのは社会保険事務所です。ここで誰がいつどこでどの期間働き、どのくらいの賃金を受け取っていたのかを記録します。
 その記録が、社会保険局で統合され社会保険庁に送られます。
 そのデータが、全く欠けない状態で社会保険庁に送られていたのかというと、そうではありませんでした。
 社会保険庁では、一旦番号と名前を一組にした「台帳」を作成した後は、各社会保険事務所からは年金番号だけでデータを受け取っていました。
 従って、社会保険庁に上がってきた際に番号が間違っていていると、名前で区別することができない事態になります。
 間違った番号の他人が、上がってきたデータの時期に就労していれば「二重データ」としてエラーとしてはじかれ、社会保険事務所に送り返されますが、就労していなければ、その他人のデータとして記録されてしまっていました。
 さらに送り返された社会保険事務所ではその誤ったデータを照合し直すことなく放置し続けていました。その蓄積が、現在の膨大なエラー件数として積み上がったのです。

データ管理のいい加減さ−上部組織で

 社会保険庁内部のデータ管理にも問題があることが分かってきました。
 膨大な数の、番号が同じで名前が異なるデータがあらわれてきたのです。
 いったいこのデータは何なのか?
 
 年金番号は上4桁、下6桁の番号で管理されています。
 当初、各地域ごとに上4桁が割り振られ、各社会保険局では割り振られた4桁の番号に応じて、下6桁を順に加入者に割り振っていきました。その6桁がある時点で使い切られると、新たに別の上4桁が割り振られることになります。
 昭和40年頃、社会保険庁では電算化を導入し、キーパンチャーがこのデータを打ち込んでいました。
 ところが、地域ごとに上4桁が割り振られていたため、キーパンチャーたちは作業を軽減するために、入力する際、地域ごとに上4桁を固定して入力していました。それは問題ないのですが、「この地域はこの上4桁」という作業の仕方をしていたため、新たな上4桁が割り振られたデータが来ても、地域の番号は固定したままで入力していました。今から考えると信じられないのですが、作業に追われていたからでしょうか、明らかに誤った番号を入力していたのです。
 このことは今回初めて明らかになったことで、管理していた上司も全く知らなかったとのこと。

増大する作業

 このように、解明するたびに新たに問題が噴出し、やがてデータの照合作業は1件12分どころではなく、1件で半日を費やすようになります。
 厚生労働大臣が公約として掲げた締め切り日が近づいてくると、社会保険庁社会保険局を、社会保険局は社会保険事務所を呼び出し、「もっと作業を進めるように」と強く訴えます。
 映像では、その訴えに各保険事務所の責任者がうつむき、前向きな返答を返せない様子が映し出されていました。

 現在も現場である社会保険事務所では、通常業務に加え、殺到する電話や窓口への問い合わせの対応、年金データの照合に追われていることでしょう。
 次々と新たな問題が吹き出している現場では、半ば単純作業でありながらも、新たな問題が発見されるたびに異なった対応が必要とされるため、アルバイトの増員では解決できないと考えられます。
 したがって、正規採用の職員の負担は非常に過重なものとなり、見えない部分での残業が際限なく行われていると考えます。

 年金問題は国家が国民に対して責任を負うべき大切な問題なのですみやかな解決が求められますが、その現場では大変な苦労が強いられていると考えられます。

サービス残業は自分のためか?

 ところで、年金問題への対応を一つの例としてあげましたが、このような作業をいくら繰り返したところで、同業種・他業種への応用の利く技術が身につくのかと言えば、全くそんなことはないでしょう。
 いくら照合に手慣れていこうとも、そのような作業はほとんど応用の利かない知識だからです。
 それでも現場は締め切りが設定されているため、日夜働き続けなければなりません。

自分のための「サービス残業」を選ぶことは至難の業である

 この記事無学歴、無職歴、無実力のニートが年収500万円の正社員になる方法 - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだで、「サービス残業の『サービス』は自分の知識と経験を養うためのサービスだ」と述べられていて、自分を商品として売り出すための付加価値を、会社に属することで付けることに触れられています。
 このこと自体は理解できますが、しかしこれは特殊なケースではないでしょうか?
 自分が配属されている「仕事」を残業して成し遂げることで自分の労働市場での価値が上がる業種というのは、非常に狭い範囲でしかありません。
 上記に長々と上げた社会保険事務所の実務は、いくら経験を重ねたところで他業種への応用など効かないでしょう。その作業とは全く別に、資格なり勉強なりで自身の付加価値を別途上げていくしかありません。

 仕事によって「サービス残業」は企業や組織へのサービス以外のなにものでもない、ということはよくあることです。
 そして実際に仕事に就いてみなければその仕事がどのような内容か詳しくは分からない以上、ある意味賭けであるといえます。

 単純に、「サービス残業は自分のための残業だ」などと一般化すれば、誰かがやらなければならないけれど誰もやりたくない、なんの知識にも経験にもならない作業をホクホク顔で押しつけてくる上司の格好の口実になります。

 結局、サービス残業が自分のためになるような仕事を獲得することもまた競争であり、そもそもニートと呼ばれる人がそのような仕事に就けるのか非常に疑問に思いました。そのような仕事をかぎ分けられる「嗅覚」をもっているなら、そもそもニートなどにならないでしょうし、嗅覚を持っていない人たちは正社員でもほとんど自分の経験にならない仕事を日夜繰り返しています。

 そして、実際にはそういう仕事が社会の大半を占めており、この社会を動かしているのです。
 労働力の弾力的な移動と運用、ということがいかにまやかしか、と感じます。