reponの忘備録

「喉まででかかってる」状態を解消するためのメモ

生み出される「加害者」たち

内田先生のエントリを読み返す。
被害者の呪い - 内田樹の研究室


先に僕はエントリを書いた。

「被害者の呪い」を解呪するにはどうしたらよいか? - reponの日記 ないわ〜 404 NotFound(暫定)


しかし、これは、もっと激しい内容なのではないか、と思い至った。


このような「被害者意識」ばかりが集まったときに、歴史上最悪の虐殺が起きたのではなかったのか。


言うまでもなく、ナチスによるユダヤ人虐殺だ。


第1次世界大戦で膨大な借金を抱え、異常なインフレに見舞われたドイツには、大衆が、

「強大な何か」によって私は自由を失い、可能性の開花を阻まれ、「自分らしくあること」を許されていない、という文型で自分の現状

を説明してくれる相手はいなかった。


しかし大衆は「被害者意識」というマインドを持った。

「本来私に帰属するはずのものが不当に奪われている。それを返せ」というのが権利請求の標準的なありよう

であったが、

ここには「悪者」を告発し、排除しようとする人々だけがいて、「私が悪者です」と名乗る「加害者」がどこにもいない。


そこで、「加害者の告発と排除の物語」が必要になる。


そのときに、大衆の目に映ったのが、ユダヤ人だった。


ユダヤ人は、陰謀好きで、貪欲に儲けようとして、金に汚い。奴らがこんな世の中にしたのだ」という話形に「被害者達」が有名無名に同意署名するのに時間はかからなかった。


「彼らが陰謀好きで、貪欲に儲けようとして、金に汚いのはユダヤ人だからだ」という反転が行われ、その反転によって「排除の物語」は完結する。


だから、「ユダヤ人」が、「被害者達」の汚れをいっしんに受けて滅せられなければならない対象とされたのは当然のことだった。


内田先生は

「強大な何か」によって私は自由を失い、可能性の開花を阻まれ、「自分らしくあること」を許されていない、という文型で自分の現状を一度説明してしまった人間は、その説明に「居着く」ことになる。


「被害者である私」という名乗りを一度行った人は、その名乗りの「正しさ」を証明するために、そのあとどのような救済措置によっても、あるいは自助努力によっても、「失ったもの」を回復できないほどに深く傷つき、損なわれたことを繰り返し証明する義務に「居着く」ことになる。

と説いている。


一度、「被害者意識」というマインドを持ち、そのマインドに「居着」いた人間達は、自らが欲望するよりずっと大きな悲惨や残虐をもたらすのである。

ナチスは、なんとかこのX(ユダヤ人を「ユダヤ人」たらしめているもの:筆者注)を捉え、計測し、客観的・科学的にユダヤ人を同定しうるようなポジティヴな属性に変換しようと、必死に試みたのだった。

イデオロギーの崇高な対象」スラヴォイ・ジジェク p153)

が、そのようなものは見つかるはずがない。


ユダヤ人が「災厄をもたらす加害者であるユダヤ人」というポジティヴな属性を持つのは、大衆の「被害者意識」から生み出された欲望であって、彼らの頭の中にしか存在しなかったのだから。


社会が不安定になっている今だからこそ、このような「被害者意識」という呪いに対して、警戒をする必要があると思った。