置換
学生の頃、学生のたまり場と化した自治会室のワープロを使い、経済学のレポートを仕上げている奴がいた。
こちらはそんなことはお構いなしに、ギター弾いたり、オイチョカブしたり、ダラダラと過ごしていた。
春の夜だった。窓の外から、宴会をしている奴らの声が風に乗って聞こえてきた。
そのうち奴が、「終わった〜」と伸びをした。大作ができあがったらしい。
「オレちょっと顔洗ってくるわ」と、ふらふら〜っと自治会室を後にした。
かすかな沈黙。
「けしからんな」オレが言う。
「そのとおり」と友人。
「公共の機材を私物化して、自らのレポート作成に使うなど」
「天罰が必要だな」
さっそく、つけっぱなしのワープロに向かう。
経済学史のレポートで、アダム・スミスについて論じているらしい。
おもむろに、「置換」ボタンを押す。
「置換前:アダム」
「置換後:マダム」
レポート全編が「マダム・スミス」に書き換わった。
爆笑。
「誰だよマダム・スミスって」「なにすましてんだよこいつ」「腹痛ぇ」。
「なになに、何が面白いの?」と、顔を洗って帰ってきた奴。
「いやいや、なかなかの大作だね」「これは高い点数がつくんじゃないか?」などと答える俺たち。
「そうだろそうだろ」と鼻歌交じりに印刷をする奴。
当然、感熱紙は自治会のものである。
「まったくけしからん」「でも天誅は下った」とこそこそと俺たち。
しばらく後、「なんじゃこりゃ〜!!!誰これやったの!!!」の声が響き渡る頃には、俺たちは部屋を抜け出して外の飲み会に合流していた。
そんな、大騒ぎばかりしていた頃。
それ以来、「アダム・スミス」という言葉を見ると「プッ」と吹き出すようになってしまった。
自業自得。